エコノミストマネー:為替水準に言及した 異例の菅財務相発言
マーケット最前線 為替相場の読み方(エコノミストマネー2010年3月号より)体調不良を理由に財務相を辞任した藤井裕久氏の後任として、菅直人副総理兼経済財政担当相が財務相も兼務することになった。
1月7日の財務相就任会見の席上、「強い円」への見解を問われた菅氏は「そういう質問にあまりうかつに答えると、とんでもないことになるのをよく知っているので、本当なら答えない方がよい」と断りつつも、「経済界では、できれば1ドル=90円台半ばあたりが貿易の関係で適切という見方が多い」「ドバイ・ショックのころに比べれば、円安の方向にかなり是正されている。もう少し円安の方向に進めばよいと思っている」と返答した。
経済界の意向を引き合いに出してはいるが、ドル・円相場について適切と考える水準に触れた、異例の発言である。これを「円安誘導」と受け止めた海外メディアもあった。発言前には1ドル=92円台前半だったが、発言直後に1ドル=92円台後半、その後の海外市場では一時、1ドル=93円台前半にまで円安が進んだ。
前任の藤井氏は、2009年9月24日に来日したガイトナー米財務長官との会談後、「他国のような通貨安政策には反対。円もそう対応すると(長官に)申し上げた」「意図した為替政策は取らない。為替市場は自由経済の牙城で、安易に公が介入するのはどうかと思う」と述べるなど、為替について理想論や筋論を口にするたびに、投機筋に「円高容認発言だ」とみなされて材料視され、自らの発言が招いた円高に苦悩した。
菅財務相は、そのような前任者の経験から学ぶところがあったのだろう。市場に対し、円高容認ではなく円安待望の財務相だというイメージを、一種の口先介入を通じて植え付けることに成功した。
だが、これらの発言は問題含みだ。
◇理想と現実のはざまで迷走する鳩山内閣
為替相場というのは、そもそも2国間の通貨の交換比率。相手のある話である。ドル・円なら米国の政府や産業界が相手だ。そして、為替政策を所管する当局者が具体的な相場水準の適切・不適切に言及するのは、相手に迷惑がかかる場合もあり、不文律あるいは紳士協定として極力避けるべきものとされている。
変動相場制の場合、相場を形成するのはあくまで市場であり、当局者ではない。ある特定の水準に当局者がこだわっても、それが実現できない場合には、当局者の信認にかかわる事態も生じ得る。菅財務相の発言でいったん円安に動いたドル・円は、12月の米雇用統計が弱い内容になったことを材料に円高に反転し、数日内に1ドル=90円台になった。
むろん、例えば09年11月のキング・イングランド銀行総裁のように、自国通貨下落が経済に及ぼす影響を前向きにとらえた当局者発言や、今年1月のハーパー・カナダ首相のように自国通貨上昇が経済に及ぼす影響を否定的にとらえた発言はしばしば聞かれるが、そのような場合でも、具体的な水準への言及は避けるのが普通である。為替介入を行いつつ相場変動を一定のレンジ内に収めようとするターゲット・ゾーン(目標相場圏)や、これより拘束力が弱いレファレンス・レンジ(参考相場圏)が日米間で設定されている事実もない。
理想と信じる数々のスローガンを掲げて政権を獲得したものの、経済の厳しい現実に直面し、苦しい政策運営を余儀なくされている鳩山由紀夫内閣。為替政策においても、理想と現実のはざまで、やや迷走している感がぬぐえない。
■上野 泰也(うえの やすなり) みずほ証券チーフマーケットエコノミスト















